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Kaleidoscope【サンプル】

Kaleidoscope / A5・マットPP・変形表紙 / フルカラー・箔押し / P100・小説 / ¥1,000
6/17(日)開催のFULL CODE 6発行 / H-08b / Louche
※万華鏡シリーズを加筆修正してオフ本化。
『ルルーシュ女の子本。幼馴染同士であるルルーシュとスザクが唐突に婚約する事となってしまった2人のお話。』
装丁参考→illust/69139236

とらのあな様にて通販開始。

→【こちら
※イベント頒布や自家通販以外にはミニ小説付イベントペーパーつきません……(ごめんなさい・涙)

 


 


────幼き日の約束。

 

それは彼らにとって、とてもかけがえないもの。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、十歳の夏。
枢木スザク、十歳の夏。
2人にとってこの時間以上に眩しいものは無かった。

 

皇歴二〇〇九年九月、ブリタニアと日本の関係は緊張状態にあった。
それも遡ること数ヶ月前、インドシナ半島を軍事占領し、属領としてエリア十の設立を宣言したからである。
これにより敵対国であったEU、中華連邦との関係に軋轢が生じた。
同盟国であった二国は極東の中立をうたう膨大なるサクラダイト埋蔵量を誇る経済大国、日本を取り込み経済制裁を実施した。それに追従するかの如く、他国を誘致しあらゆる面でブリタニアの経済を圧迫し、それに対しブリタニアも黙ってはおらず猛烈な反発を起こす。
各国が対ブリタニアとの睨み合い、大規模な世界戦争が起きるのではないかと震える中、その不思議な出来事が起きた。
神聖ブリタニア帝国、第十一皇女にして、第十七皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとその妹ナナリー共に日本へ渡ったというのだ。その情報は瞬く間に世界各国へと流れ、表沙汰にはならなかったが、一部の情報部では多く首を傾げる事態となった。
名目は『留学』となっていたが、平時であれば納得できるだろう。しかし、日本は中立という立場を宣言しているが、今はブリタニアに対して経済制裁を施しているのだ。いわば敵性国家と言わざるを得ない。
しかもルルーシュとナナリーといえば、ブリタニア皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアと最愛の皇妃であるマリアンヌとの間に産まれた子供達。
その敵国へ、掌中の珠を落とすとはブリタニア帝国皇帝が、というよりも父親であるシャルルが乱心したと思われても無理はない。
色々な問題を含んだルルーシュ達の留学は、受け入れた日本側の意図も理解し難いものだ。
公式な発表がない、ただそれだけが憶測を生むには十分だった。

 

「懐かしいな」
アリエスの離宮と呼ばれる宮殿のある一角で、艶やかな黒髪が頬に影を落とし、その肌を一層に白く輝かせるこの国の皇女、ルルーシュはポツリと呟いた。
その深い藍紫で見つめる先は一枚の写真。
七年前のあの夏、日本という小さな国での出来事を思い出し、花も綻ぶ微笑みでその写真をなぞる。自分の隣でにこりともせず唇をへの字にしたまま突っ立っているのは、枢木スザクという少年。その最初の出逢いを思い出せば、至極不快なものだった。
筈なのに──。

 

コンコン。
「お姉様、入ってもよろしいでしょうか」
控えめに玲瓏たる声音が響き、ルルーシュはその影を散らす。自分好みとは程遠い華美に彩られた白い椅子──ブリタニア国内でも指折りの有名な意匠が施した物ではある──が倒れるのも構わず、逸る気持ちを表すかの如く早足で扉を勢いよく開いた。
「どうしたんだい、ナナリー」
少女の名はナナリー・ヴィ・ブリタニア。母を同じとする正真正銘のルルーシュの妹だ。
まだ幼さをたっぷりと残し、緩やかなウェーブかかった柔らかい栗色の髪は、陽の光を受けてほんのりと輝きを放っている。
誰もを魅了する穏やかな笑顔。それら全てがルルーシュにないものだからだろうか、愛してやまないのは。
目に入れても痛くない最愛の妹の姿にルルーシュは瞳を細め、そっと彼女の背中へ腕を回して自室へと招く。それはナナリーにとっても同じ事で、最愛の姉から向けられる親愛の情を受け、それを目一杯の笑顔で返した。
「あら、その写真……とても懐かしいですね」
「そうだろう? 部屋の片付けをしていたら出てきたんだ」
色褪せずに残っていた写真は、とても大切に保管されてきた証。そんな綺麗な思い出にナナリーはふんわりとした柔らかい笑みを浮かべて、そっとルルーシュが持つ写真へ指を滑らせた。
「あの夏。とても長くて短い、一年でした」
「あぁ……ナナリーと共に過ごしたスザクとの一年はとても忘れられないもだよ」
「今でも連絡を取り合っているのでしょう?」
窓辺にある勉強机──と、いうのは名ばかりで、実際に勉強として使われていない──には、鍵付きの引き出しが一番下に付属している。その中に今までスザクとやりとりした手紙や小物、そういったモノが大切に保管されているのをナナリーは知っていた。
しかし、問いかけた言葉に返事はなく、不思議に思い顔を上げればとても不機嫌そうに唇をへの字に結んだ姉を視界いっぱいに捉えてしまう。
(あら……あらあら?)
驚きを隠すように両手を唇へ添えたナナリーの姿を捉えたルルーシュは、一瞬、その藍紫を大きく見開き、何もなかったかのような表情でその柔らかい髪を撫でた。
「最近、あいつから連絡が全くないんだ。薄情なやつだろう?」
最近、といっても半年くらい経っている。今が丁度夏の終わり──九月ということもあり、最後に連絡があったのは四月の学年が上がった事のお祝いメッセージくらいか。
「でも、スザクさんの誕生日にはご連絡されなかったんですか?」
「いや、したよ。でも返事はなかった」
七月十日、枢木スザク、一八歳の誕生日にメッセージと共にきちんと誕生日プレゼントを贈った。それに対して返ってきたのは、形式に乗っ取られた手書きでもないただの印刷されたメッセージカードが一枚、ルルーシュの元へ送られてきただけだった。
確かに日本国首相の令息となれば、色々な所から形式的とはいえ贈り物が届くだろう。しかし、ルルーシュからの個人的な贈り物までその中の一つとして扱われたのは、はっきり言って怒り心頭である。
他人にあまり興味を示さないルルーシュがこうやって感情を揺らがせるのは珍しい。そっと伸ばした細い指が頬に触れ、藍紫の瞳がその持ち主を捉えたところで、眉間に寄せられていたシワが無くなっていく。
「お父様とお母様が午後のティータイムをご一緒にしたいと仰られています」
「父さんと母さんが……?」
珍しい、と思わずルルーシュの唇から漏れる。
最近は公務が忙しいと皇帝であるシャルルだけではなく、何故か皇妃のマリアンヌまでもがこの離宮に帰ってくるのが稀だった。そんな顔を合わせるのも久し振りだと感じる2人が、急に自分を呼びつけるなど何も無いはずがない。思い当たる節は何点かある。
ルルーシュはナナリーの頭を撫でながら、その口元に皮肉げな笑みでこの国と極東の国で起こっている核心に想いを馳せた。
神聖ブリタニア帝国と日本が不可侵条約を結んだのはほんの数日前。軍事に携わる事のない、ただの学生である──と、言いつつも第二皇子である兄、シュナイゼル・エル・ブリタニアの要請を受け、軍略を提示する時もあるが──ルルーシュの耳にも入るという事は、およそ遠くない未来に全世界へ発表されるのだろうと結論を出す。

────七年前のあの時。

皇歴二〇一〇年四月、ルルーシュが枢木家でお世話になってから半年が過ぎた頃、唐突にブリタニアが日本を侵略するという噂が出回った。
出処は不明だが、確かな情報筋ということで騒がしくなった屋敷内にてブリタニアから送られた子供二人という立場は心許ないという他ない。二人身を寄せ合い、結論が出るまでは屋敷を出ないようにと言い付けられ、部屋から出ると今まで仲良くしてくれていた人々が掌を返すように余所余所しく、また、中には心無い言葉を投げつける者もいた。
そんな中で枢木夫人は母の様に優しかったし、枢木家の主人である枢木首相も寡黙ではあるが態度は依然として変わらない。けれど幼いナナリーは毎日のように魘され、頼るべくもないルルーシュ自身も限界が近く、神でも悪魔でもいいから助けて欲しいと懇願した夜。

────月の光を浴びて佇む一人の少年に瞳を奪われた。

竹刀を真っ直ぐに構え、その切っ先はぶれる事がない。静謐な空気が漂う最中、身動ぐこともせず月明かりの中で佇むその姿はまるで時を忘れるほどだった。
声をかけるのも憚られるその空気に呑まれ、ルルーシュはヒュッと息をのむ。その微かな音ですら邪魔になると察し、両手でその唇を塞ぐので精一杯だった。
視線が反らせないまま、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
静寂の中に猛々しい激流を感じる。まるで相手を屠るような剣気を隠せていないのは、やはり未熟さからか。
彼の師匠がこの場にいれば、一喝されているだろう。しかし、その一喝も彼の才能を知っているからこそ。
刹那。
一陣の旋風が舞う。と、同時に一歩を踏み出した少年は真っ直ぐに横一文字を描き、目の前に散った葉を真っ二つに切り裂く。
剣技を知識としてしか知らないルルーシュだったが、この少年が誰よりも天才だということを嫌でも理解する瞬間だった。
『ふぅ……』
『スザク』
『ん? ルルーシュか』
その少年の名を思わず呼べば、振り返って太陽の様な笑顔を返してくれる。
思わず涙が溢れそうになった。
『泣いてるのか?』
無神経にも泣きそうになっているのを指摘してくるスザクに、思わず引っ叩いてやろうかと思ったのは内緒だ。
『相変わらず君は無神経だなっ』
『カリカリするなよ。大変なのはわかるけど』
言い返す言葉に詰まるルルーシュに気づいたスザクは流石に悪かったと思い、慌てて道着のあちらこちらを探って、やっと見つけたハンカチ──実際は手ぬぐいだが──を差し出した。
『ほら、これで顔を拭けばいいだろ』
ぶっきらぼうに差し出されるそれがいかにもヨレヨレで、いつものルルーシュなら、こんなもの要らない、と突き返している所だったが、彼なりの心遣いが今の彼女にとってはとても胸に染み入るものだった。
『────変なにおい』
『え。うわっ、悪い! それ、俺がさっき汗を拭いたやつ……』
『ほわぁっ!? な、なんてもの渡すんだ、馬鹿か君は!』
流石のスザクもこれには反論できなかったらしく、ぐぅ、と呻き声の様なものを唸らせながら恥ずかしそうにふいっと視線を逸らす。そんな横顔が思った以上に可愛いと思い、真っ直ぐ見つめていると照れ臭そうにそれを咎めてきた。
『なんだよ、じっと見て』
『いや。君にも可愛い所があるんだな、と思って』
『……男に可愛いはやめろ』
『褒め言葉だよ』
『可愛いって言葉は女に使うものだろ』

────あぁ、ナナリーとか。
────お前とか。

同時に投げかけられた言葉が重なる。
絡む視線と同時に、キョトンとした藍紫と目元を真っ赤にした翡翠が絡み、静寂が辺りを包む。
どう言葉を続ければいいか、スザクは分からなかった。じっと自分を見つめてくる瞳は綺麗だし、可愛いと形容した言葉に嘘はなかった。
しかし、今このタイミングでその言葉を吐くなんて、まるで告白しているようだと恥ずかしくなってしまったのだ。
『────ルルー……』
『2人共こんな所にいたのね』
からんからんと下駄の音が響き、スザクの背後からひょっこりと顔を覗かせたのは枢木夫人である朱鷺だった。明らかに水を差されたような不満げな表情をしている息子に気づいてか、あらあら、と朱鷺は悪びれない笑顔を2人へ向ける。
『お邪魔だったかしら』
『そんなんじゃない』
再び唇をへの字に曲げたスザクは腕を組んで顔を背ける。そんな仕草が照れ隠しなんだとスザク自身は分かっているが、それを察する事ができる程ルルーシュは大人ではなかった。否、彼女自身に降りかかっている不幸なる状況で、相手の気持ちを推し量れと言う方が残酷か。
一陣の風が強く通り過ぎる。まるでスザクとルルーシュを引き裂くかの様な旋風に、スザクは翡翠の瞳を細めた。
刹那、捉えたルルーシュが寂しそうに笑っていた気がした。
余りの強い風に目を閉じ、開いた時にはもうスザクの目の前にはルルーシュがいなくて、まるで桜の精だったのでは無いかと錯覚したくらいだった。

「お姉様、顔が赤いのですが、熱は大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…大丈夫だよ、ナナリー。心配かけてごめん」
ぼんやりとしていたルルーシュへと声をかけるのを躊躇われたのは、いつも凛として表情を崩さず形造るのが得意な彼女が、凡そそれに似合わない表情をしたからだ。
「いえ、私は…」
心配をしたのではない、という言葉を飲み込み、代わりにと、じぃ…とナナリーと同じ彩を放つ藍紫を見つめた。
美しい姉が唯一気を許す瞬間は自分だけのものだったのに、時折こうやって自分が知らない顔をするのだと、嫉妬という感情が湧き上がる。
言葉を止めたことによって不思議そうにナナリーの顔を覗き込んでくるが、それはもう姉の顔だった。
寂しい。
そんな風に思うようになったのはどれくらいだろうか。未だ黙ったままでいるナナリーを問い詰めることなく、ルルーシュはとても優しい手つきで頭を撫でる。そう、美しくも聡明な姉は人の心の機微に聡く、また、それ故、自分の気持ちを押さえ込んでしまう程に優しくて。
────孤独な人。
擽ったさに身を捩る姿を目にし、瞳を細め優しく微笑む姉が自分一人のものではないと気づいたのは随分と前だった。

────そう、スザクさんと出逢ってからだ。

あの夏の日は、ナナリーにとってもとても思い出深い季節だった。

 

八月の終わり。広大な領土を有するブリタニア帝国の気候は、緯度、標高および海岸からの距離によって砂漠気候から亜寒帯気候まで様々であり、大陸西岸地区に位置する帝都ペンドラゴンでは冷たい海面下水の湧昇によって強められ海岸近くで夏の霧を発生させることが多く、冷涼な冬と著しく暑い夏が特徴である。
あと数日で九月が始まろうかとしているのに、依然として暑さが引くことを知らない時期なのに、ルルーシュ達の両親はテラスでお茶をしようとナナリーを使いにだしてきた。
母であるマリアンヌは娘をよく理解している。ナナリーを使いに出せば彼女が断るなんて出来ないと知り、それを狙った上で小間使いに伝言を頼むのではなく、こうやって最愛の妹というステータスを最大限に利用したのだ。
ルルーシュは母のそういう所が苦手だった。
元ナイトオブラウンズの第六位である、ナイトオブシックスの名は伊達ではなく、先を読み、人の行動を巧みに操り、その中で最善の策を練るのは軍人の性か。
よく言えば悪気のない善意。しかし、悪く言えば人の気持ちを利用するやり方であるのには代わりなく、しかも、母はそれを悪気なく行うのだからタチが悪い。
彼女曰く。
『一番効率的な方法を選んだまでよ』
だそうだ。
そんな彼女の血筋を色濃く受け継いでいるのが自分だと、ルルーシュはため息を交えて吐き出す。人心掌握に長け、知略、戦略、策略に長けており、人心を巧みに誘導して己を有利に働かせる。それらは全てルルーシュ自身にも当てはまる事だ。事実、帝国宰相であるシュナイゼル・エル・ブリタニアの要請によって、エリアを増やすのにも一役買っていた。
同族嫌悪。に近いのだろうと自己分析する。更に厄介なのが自分の母親であるという事。であれば、マリアンヌ自身が育てたのだから、ルルーシュの強みも弱みも全て知っている。更に面倒なのが自分と全く逆のタイプで、自由奔放、悠々自適に行動を起こし、それを可能にする身体能力までもが備わっているため、ここまでくれば天敵だと言わざるを得なかった。
そして今、まさにマリアンヌの策略通り、アリエスの離宮から本宮へと続く長い回廊を、ナナリーの歩幅に合わせて優雅に歩いている所だった。
この長い回廊は皇帝が皇妃の元へ渡るときに使うものであり、侍女である彼らは皇族が通る時はその尊顔を見ないようにと深々と頭を下げる習慣がある。全くもって古き悪習だとルルーシュは思うのだが、だからといってそれを取り払う労力は果てしなく見合っていない。
張り詰めた空気を感じてか、頭を下げて見送る侍女達は慌てて距離をとる。そもそもが端整に整った容貌なせいでルルーシュは周りに敬遠されがちである。にこりと笑ってあげるだけで周りは貴女のためになんでもしてくれるわよ、とマリアンヌに言われた記憶も新しいが、その結果が傾国の皇妃と陰口をたたかれる要因となっているのだ。
彼女のアドバイスが全く的外れでないと気付かない訳ではないが、だからと言って張り詰めた硬質な雰囲気が和らぐ事もない。そんな彼女の背後を静かに着いてく妹姫へと同情の声が聞こえ、それを咎める気はルルーシュもナナリーもなかった。
皇族と侍女。自分と彼らは分かり合えない壁がある。どんなにこちらが距離を詰めようとしても、彼らは恐れ多いと距離を取り、殿上人とは相入れないのだと確実な線引きをされる。そういった所も含めて本宮の人々は好きになれず、どうしてもアリエスの離宮で過ごすことが多くなってしまう。それもまた、ルルーシュが誤解される要因のひとつだった。
緑豊かなアリエスの離宮から渡る回廊が、涼やかな風を連れてきて2人の髪をなびかせる。
一際大きく凪いだ風に、短いルルーシュの髪ですら空を漂う中、ひらひらと舞う葉に視線を奪われた。
ルルーシュはふと立ち止まり、中庭の真ん中にそびえ立つ大きな木を見上げて、そのまま空を見上げるように顔をあげれば、葉の隙間から降り注ぐ陽の光が、誰かを思い起こさせて何故か胸の奥がきゅうっと締めつけられた。
硬質な空気が和らいだ瞬間、その場にいた誰もが彼女の横顔に心を奪われる。まるで陶器のような白皙の肌、そこに薄紅色の唇と皇族の証である藍紫の瞳。まるで一枚の絵画のようにたたずむ姉を見て、ナナリーは眩しさに目が眩みそうになるのを感じた。
────本当のあの子を知れば、誰もが心惹かれるでしょうに。
ナナリーは母が言っていた言葉を思い出す。
昔は誤解されやすいルルーシュの魅力を皆に知って欲しくて、擽って笑わせたり、眠っている顔に化粧をしたり、大好きなプリンをプレゼントしたりと、周りに彼女の良さを知って欲しくて頑張った。けれど、いつの頃だろうか、知られたくないと小さな燻りを感じたのは。

多分きっかけは、小さな出来事────。

「ナナリー、待たせてすまない。行こうか」
とても優しい声音で名を呼ぶ。けれどどこか寂しさを含んだ声は、ナナリーの心を波立たせるには十分だった。

 

太陽が一番高くその存在を示す刻。
肌をジリジリと灼そうな暑さを感じながら、天蓋のついたテラスへとたどり着き、豪奢な椅子へと腰掛ける2人へ深々と頭を下げた。
「お待たせ致しました。皇帝陛下、母上」
「随分遅かったわねぇ〜」
語尾を少しばかり間延びさせて問いかけ、明らかに待ちくたびれたと態度で示す母へ視線を投げかけ、やれやれとばかりに肩を竦ませ謝罪を示す。
「申し訳ございません。急なお呼び立てだったため、何も用意していなかったんですよ」
「あら、呼び立てたのはこちらなのだから、ゲストであるルルーシュが用意するべきことはなくってよ?」
やんわりと待たされたことの咎めを受け、困ったことに逆らってもいいことは何一つない。既にティーカップの底が見えつつあるくらいには待たせてしまったのには変わりなく、片腕を胸の前に当て、再度深々と頭を下げて謝罪を示した。
「いいわ、許してあげる」
だからね。と、マリアンヌはご機嫌な様子で、二人が座る時間も惜しいのだと言わんばかりに話を続けた。
「ルルーシュ、今日は貴女にいい話があるのよ?」
柔らかな日差しを受け、長い黒髪を結い上げたマリアンヌが優しく、少し悪戯めいた口調でルルーシュへと伝える。
もういい年齢だというのに随分と若々しく年齢を感じさせないほどのスタイル。更に未だ現役の騎士にすら敗北を見せず最強の名を欲しいままにしている閃光のマリアンヌ。反対に隣で咳払いをしている、今まで空気だった、父である、神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。
しかし父上は母上と年齢差があるとはいえ、お世辞にも若いとは言えなかった。きっと父は母であるマリアンヌによって若さを吸い取られているのだという噂を耳にした覚えがある。信じてはいないが。
「いい話…ですか?」
「なんでしょうかね? お姉様」
隣で花もほころぶ笑顔で問いかける可愛いナナリーに思わず眉が下がり、唐突な話で警戒心を顕にしていた態度も軟化する。
「ルルーシュはいい加減、ナナリー離れをしなくちゃいけないわね」
困ったように呟く母の言葉は聞こえないふりをしたいが、刺すような視線を感じてそれらが冗談ではないと、ルルーシュの心をざわめかせる。
「座りなさい」
凛とした声。
それは人を操る王者の資質。
黙ったまま示された椅子へと歩み、傍に控えていた侍女が椅子を引いたタイミングで腰掛ける。それと同時に隣へ腰掛けたナナリーを視界に捉えたマリアンヌは、再び先ほどの強い声が嘘だったかのように、やんわりとした笑顔で愛しい子供達へ視線を向けた。
「今日は貴女に逢わせたい人がいるの」
「逢わせたい人、ですか?」
目の前で注がれていく液体をただ眺めていた時間。それらが全てカップへと納まる前に告げられた言葉に、嫌な予感を含ませて硬さを含んだ声で返す。
刹那。
「ルルーシュ、久しぶりだね」
少年の声が背後から響いた。

 

多分、怒られるんだろうなって予感はしていた。
けれど、まさかそれがとてつもない痛みとなって帰ってくるとは思わなかったなぁ。
七年ぶりに再開した小さかった女の子は、とても綺麗になっていた。
相変わらずピンと背筋を伸ばして、優雅な仕草で髪をかき上げ、そして誰も寄せ付けない、あの凛とした横顔。
一目見て、やっぱりスザクの心は囚われる。
美しく、誰も手折れない華。

────君の心は今どこにあるんだろうね。

 

 

author:mutsuki, category:オフ本サンプル, 04:47
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